社会保険労務士法人 トレイン

人事・労務便り
人事・労務のポイント

これからの中高年社員の給与の在り方を考える

2025.11

当人事労務便り7月号で書きました通り、多くの企業で若手人材の確保のため給与制度の見直しを進めています。初任給をはじめ30代までの若年層社員の給与を手厚くし、育て、定着させることに主眼を置いた人事制度への移行により、膨れ上がる若年層社員の人件費をどうやって吸収するかが大きな課題となっています。今回は、その調整弁となるミドル・シニア社員の給与の在り方について考えます。

1.若年層社員の給与UPによる、人件費オーバーをどうコントロールするか

前述の通り、初任給をはじめ若年層の給与アップに伴う総人件費増への対応策としては、以下のようなものが考えられます。

  1. サービスや消費品価格への転嫁
  2. 一層の業務効率化(DX推進、AI活用)
  3. 2による残業代等の基準外賃金削減、少人数化
  4. 人員削減により人件費調整
  5. リスキリングの活用により、人員の再配置を行い、無駄のない効率的な人材活用
  6. ミドル・シニア層社員の給与見直しによる人件費削減

2.大手企業が積極的に黒字リストラを断行、今後は早期退職が常態的制度に

前述1-4の通り日産自動車は別にして、パナソニックHDをはじめとして明治HDや三菱電機、第一生命など名だたる企業でかつ大幅な黒字を出している企業が続々と希望退職などのリストラを断行しています。理由としては業績の良いうちに構造改革を断行し、自社の株価を引き上げ、予測困難な将来に備えることにあります。企業の表向きの理由は、「年齢に依存しない抜擢や多様な人材の登用」、「社外での新たなキャリアに挑戦しようという前向きな社員の最大限の支援」(いずれも明治HD)ということですが、その中には、一層強まる賃上げ要請に今後も対応していくため、人口減少による人手不足、特に若年層の優秀な人材を確保し社員の新陳代謝を促進するための人件費を捻出するという大きな目的が含まれます。

このように黒字であっても早期退職制度を実施する企業は、今後も続々と出てくると予想されます。企業によっては早期退職制度に通年応募できるなど、常設の制度としているところも多く、このような常設の早期退職制度に応募したことにより退職は、「会社都合の退職」ではなく「自己都合退職」としてハローワークでも扱うという企業にとってメリットもあります。

3.リスキリングなどによる人員の再配置、転職の促進

リスキリングとは、社員に今までの経験で培ってきたスキルとは異なる新しいスキルを身に着けさせることで、社員の職域を拡大させ更なるキャリアアップ、雇用の維持を目的に行われるのですが、正にミドル・シニア層に対し新しい職務へ転換させ、効率的な人材配置を行うことが企業の目的となります。

60歳の定年を迎えた役職者であった社員をそのままの職務や役職で、ほぼ同じ給与で再雇用しているケースが特に中小企業で良く見受けられます。これは定年年齢を65歳まで引き上げてしまっているのと大差なく、高齢者には苦手なDX化やAI活用などの効率化が進まず、かといって若年者の確保・定着のためのコストも捻出が困難で、人材の新陳代謝が上手くいかず先細りの企業経営となるケースも少なくありません。定年再雇用社員の活用は、社員個々の事情や職務遂行能力を十分考慮し、定年時の役職や職務内容にとらわれず、リスキリングの活用などにより人手の足りていない部署や経験値がものを言う職務、逆にあえてパートやアルバイトを別に雇用して賄っている職務などに適正に再配置することが重要になります。

また、雇用を維持するのではなく他社への転職を促す手段として、リスキリングを活用しようと考えている企業も多いのではないでしょうか。

4.ミドル・シニア層の給与見直しの必要性

早期退職制度などのリストラのほか、高騰した若年層の人件費を吸収するためにはミドル・シニア層の給与制度をはじめ、人事評価の在り方なども見直すことが必須となります。もっと端的に言えば、優秀な若年層社員に回す分の人件費を捻出するため、ミドル・シニア層の人件費を削ることが必要です。

社員のこれまでの生涯賃金カーブを下のグラフのように見直す必要があります。子供の教育費等の支出が増えるミドルからカーブが上昇し、55歳前後をピークに定年まで平行またはなだらかに下降する今までの従来の賃金カーブをミドル前半で頭打ち、ミドル後半から下降するカーブへとの見直しが必要となります。

5.ミドル・シニア層社員の給与見直しの実務

ミドル・シニア層の人件費を削ると言っても、単純に給与を減額改定するということは出来ません。労働条件の不利益変更になってしまいます。まずは従来型の年功制に近い職能主義に基づいた人事制度ではなく、45歳くらいからの人事制度は、経験や職能ではなく実際に会社において担う役割・職責、職務内容そして成果に大きくウエイトを移した職務主義(日本型のジョブ型雇用)に見直す必要があります。職務主義、ジョブ型雇用というと、欧米型の会社で就業するというよりその職務に就業するというイメージですが、日本の雇用環境におけるジョブ型雇用は、そこまで極端ではありません。ただし、会社はその社員の「ひととなり」と「仕事っぷり」を評価して給与を決めるのではなく、担当する役割や職務の内容、成果自体を評価し、それらに値段をつけるイメージで考えることが必要です。

具体的には次のような制度設計が考えられます。

6.これからの会社の人事評価制度、給与制度

これから若年層の確保・定着を推進しようとするのであれば、若年者ついては日本の従来型年功、職能主義によりあまり成果を求めず、辞めさせずに育てる人事制度評価制度、給与制度を導入し、ミドル・シニア層については職務主義による日本型ジョブ型雇用による人材の効率活用、職務、成果に見合った給与決定が求められます。また冒頭の大手企業によるリストラから優秀なミドル・シニア層が人材市場に流出してきます。中小企業にとっては、若年者にこだわらずに自社に必要な人材を見極め、経験豊富なミドル・シニア層を確保し活用できるチャンスかもしれません。